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2015年4月 6日 (月)

映画の話・962 「 ぐるりのこと。 」

147148_11 2008年の日本映画です。

 温かい・優しい映画でした。まじめな性格から鬱になって行く木村多江さん演ずる「翔子」。彼女が精神のバランスを崩していく様子から、また元気になるまでを丁寧に描いています

 けれど私は、この映画の主役はその「翔子」ではなく、リリー・フランキーさんが演じたその夫「カナオ」なのではないかと感じました。この方の存在そして存在感が素晴らしいのです。はじめはちょっと茫洋としていてなんとなく頼りない。収入の面でも精神的な面でも、こんな人がしっかりと家庭を持ってやっていけるのか?などと思わされるのですが、物語が進んでいくうちに、この方の懐の深さに唸らされます

 この「カナオ」、とにかく優しいのです。世間には一見「優しい」ように見える方がけっこういらっしゃいます。けれどそれは「気弱さ」「自信の無さ」の裏返しだったり、もしくは世間・人間の真実を知らないゆえの単なる「妄想」であったりします。
 けれどこの「カナオ」は裁判所で被告の似顔絵を描くようになり、人間の「真の姿」といいますか、目をそらしたくなるほどの「人間の汚い部分」をイヤというほど見せられます。そのような「どうしようもないほどの、けれど人間の持つある意味真実の一面」を知った上で、なおかつ人に対して、特に妻である「翔子」に対して優しいのです。この人の優しさは本物、言ってみれば「強い優しさ」なのです。「強い」と言っても一見は本当に柔らかなのですけどね

 この「カナオ」の一言ひとこと、そしてそのまなざし、その存在は「どんなことがあってもいいじゃないか。人間なんて完璧なもんじゃないし、間違いながら、時々止まりながら、それでも笑って、生きてさえいれば、それでいいんじゃない?」などと言ってくれているようです


 「生きていくのは恥をかくこと」といったのは誰だったでしょうか?「人生」とはまさにそういうものだと思いますが、「翔子」がそうであったように、この方のまなざしで、私も救われたような気持ちになりました

 私の評価:☆☆☆☆(5つが満点です)

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コメント

この映画も大好きで、思いつめたりどうしようもなくなった時に見返します。
私は翔子のちゃんとしなきゃ的な言葉にあーわかるなと重ね合わせてしまいました。
翔子のカレンダーの予定が良くなるにつれて減っていくんですよね、何事も決めすぎないは違う映画の言葉でありましたがこの映画でも思った感想でした。
リリーさんここでもいい味出していますよね^ ^

もぐさんへ

 いい映画ですよね。そしてリリーさん、いい味出してました。この映画、生きにくさの中で生きている私達を励ましてくれているようです

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