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2013年11月 7日 (木)

『泥の河』(宮本輝・著)の舞台に行ってみました

Img_2320 戦争の傷跡を残す大阪を舞台に、少年の目を通して生きることの切なさを描いた名作「泥の河」。その舞台をちょっとぶらぶらしてきました

 

 

 大阪市営地下鉄中央線の阿波座駅から10分ほど歩くと、湊橋のたもとに「小説『泥の河』舞台の地」の石碑がひっそりと立っております(3枚目の写真)。ちなみに湊橋は小説中で「きっち

Img_2306_2ゃん」とその家族が住む舟が、その下に停泊していたところであります(右写真のような感じです)。それから最初に「お化け鯉」を見た場所でもあります。

Img_2304_2 

 そこからそのまま北に向かってまず湊橋を渡り、上船津橋を渡って、そのから海の方に曲がって次は船津橋を渡りました。船津橋は、物語の冒頭で、男が自分の荷車に轢かれて絶命する場所です。少年に「生きImg_2309ることの悲しさ・残酷さ」を伝えている場所ですよね。今の船津橋はこんな感じです(4枚目にあたる、右写真です)。

 

Img_2310

 そのまま、続いてかけられている端建蔵橋(はたてぐらはし)を渡りました。ちなみに主人公・信雄の家であるうどん屋はこの橋のたもとにあります。たぶん左の写真を撮ったあたりのところにあったと推測されます。

 

 ちなみに本作品、こういう文章で始まります。「堂島川と土佐堀川がひとつになり、安治川と名前を変えて大阪湾の一角に注ぎ込んでいく。その川と川がまじわるところに三つの橋がかかっていた。昭和橋と端建蔵橋、それに船津橋である。(中

Img_2322略)安治川と呼ばれていても、船舶会社の倉庫や夥しい数の貨物船が両岸にひしめき合って、それはもう海の領域であった。」

 ここで書かれている場所が、だいたい左の写真あたりです。向こう(左)に見える橋が「船津橋」、手前(右)の橋が「端建蔵橋」です。船津橋の下を流れるのが堂島川、端建蔵橋の下を流れるのが土佐堀川です。そしてその二つがまじわって安

Img_2314_2治川になります。ちょうど写真の中の左の方です。

 あと、文中の船舶会社の倉庫は実は今でもありました。たぶんこれのことだと思います(写真右)。端建蔵橋から見た風景です。

 

Img_2323

 最後に、石碑のある場所から南に横断歩道を渡ったところに、こんな地図がありました。位置関係がよくわかりますよね。

 川の周囲の建物は、この物語が書かれた当時とは大きく変わってしまっています(住友倉庫は除く)ので、ぶらぶらと周囲を歩いても物語の風情は感じられませんでした。けれど、川は昔のまま存在し、その上をゆく舟も、よく見れば当時の様子を偲ばせております。そのままのところと違ってしまったところ・・・。不思議な感覚を感じながら、「泥の河」の舞台を後にしました・・・。

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コメント

イメージではもっと海に近い河口付近かと思っていました。
町の中心部にほど近いところだったのですね。
あれから60年もたっていないのに妙に古く感じたのは、
モノクロだったせいでしょうね。
実際のロケ地は名古屋だそうですが、
そこも今は変わってしまっているのでしょうね。
ただのエゴなのですが、
昭和のにおいがするところには変わらないでほしいなぁ。

なるへそさんへ

 いえ、割と海に近い河口付近なのですよ。ただ、お話の中に描かれた面影は、もうありません。川に浮かぶ砂利運搬船などの小さな舟が、かすかに面影を残しているでしょうか。

 本当に、昭和の香りがするものは、変わってほしくないですよね。

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