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2013年8月13日 (火)

懐かしの弁天埠頭へ(20113.8.13)

Img_1969 いや~、お盆ですね~。お盆と言えば「帰省」。ということで、私、本日は大阪・弁天町にあります弁天埠頭に行ってきました。関西汽船と加藤汽船の船が発着し、かつては四国・九州便が多く出て、いわば大阪の船の玄関口だったんですよね~

 私は大阪生まれ・大阪育ちなのですが、私の両親は香川県の生まれ。父親は旧・白鳥町、母親は旧大内町三本松の出身です。私自身の本籍も最近まで「香川県」でした。で、そんなこともあって、私が小さかった頃・小学校の5年生ぐらいまでは、毎年この時期になるとこの「弁天埠頭」から船Img_1972
に乗って「おばあちゃんの家(世間ではなぜか『おじいちゃんの家』とは言わない)」に行ったものです

 

 まだ「瀬戸大橋」なんかが出来ていなかった頃のお話です。夜の10時に出港して、高松につくのが朝の5時前。大阪から四国・高松に渡るのに一晩かかる時代でした。普段はまったく家族のことに関わらない父親でしたが、この「帰省」だけは父親について行っておりました。あれから40年ばかり経った今でも、ここから乗った船での想い出が、あの独特な「船の塗料のにおい」「甲板の薄明かり」などとともに鮮明に残っております

Img_1973

 

 そういえば私、大学を卒業して就職のために香川県Img_1974_2
に試験を受けに行った時も、ここからの船に乗りました。その試験に受かって、実際に引っ越しをするときも、それから時々大阪に帰ってくる時も(そのころはもう瀬戸大橋も出来ていましたが)、よくこの船を利用させていただきました


 じつはこの弁天埠頭、現在はもう使われておりません。もう何年も前に船は発着しなくなり、関西汽Img_1979船の営業所も移転したようです。私ももう10年以上ここには来ていなかったのですが、急に思い立って、今日行ってきたというわけです。

 例のあの大きな看板(最初の写真です)は今でも健在。ただ、実際に建Img_1976_2物の中をのぞくと、正直「廃墟」と言った趣でした。右の写真なんかはまだましな方です。関西汽船と加藤汽船を結ぶ通路の建物は、なにかお店にでも利用されているようでしたが。

 

 

 

Img_1989_2
 看板(3・4枚目の写真参照)は当時のままでした。「当時のまま」と言いますか、万博の時の看板が、上から塗りつぶされておりました

 

 


 裏にまわってみると、当時の通路を少しだけ見ることができました(5・7枚目の写真参照)。かつてここに並んで、船まで順番に歩いて行ったことを、鮮明に思いだしました。

Img_1978_2

 横には、看板も取り外された公園が。埠頭が移転したことに伴って、この公園も忘れ去られてしまったんでしょうねえ。でも、雑草はきれいに刈られていました。そのあたりだけが救いですかね~。だって、雑草ボーボーでしたら、まさに「兵どもが
夢の跡」って感じで余計に切なくなってしまいますから

 最後は対岸からこの埠頭をみたいと思い立ち、向こう岸まで歩いて見ることにしました。このことについてはまたつぎの機会にでも詳しく書いてみようと思いまImg_1997_2
すが、とりあえず対岸から撮った写真だけアップしておきますね。船が岸を離れた時、こんな感じに見えたのかなあと、往時を想像しておりました。まあ、どれもこれも、「今は昔」です・・・。

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コメント

超、懐かしいです✨
ichiさんと逆パターン。
私の祖母が港区に居たので長い休みは丸々大阪でした。
長旅だったよ〜酔うしさ〜
すっごい嫌だったわ〜
台風が来ようもんなら揺れる揺れる💦💦
こんな、なってんねや・・・
全く行かなくなったもんね。
あとは天保山発着になったしね。
懐かしいものを見せて頂いた。ありがとう✨✨

エチュさんへ

 懐かしいでしょ~。昔は大阪~神戸~小豆島(坂手・土庄東)~高松はこの航路がメインだったんですよね。小豆島に勤めているとき、高松で飲んでいての小豆島への最終はこの航路の上りで、22:00発の船に乗れるように高松のフェリー通りをよく走りました。で、お風呂に入っているうちに小豆島に到着
 でも、このようになっている姿を観て、やぱりちょっと切なくなってしまいました。

弁天埠頭って名前は良く聞きましたが行ったことありませんもう使われていないんですね・・・
子どもの頃に隣の子が夏休みの度に「四国に帰るねん」って言われて
自分の中では憧れの四国でしたよ

きーさんへ

 かつては「四国」は遠いところにあったのですが、今や車で3時間ぐらいで行けます。時代の流れってすごいなあと思います。もう本当にすべてが「夢のあと」って感じです。
 

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