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2011年1月19日 (水)

鬼束ちひろさんについて思うこと(後編)

51yqk3j9f3l_sl500_aa300_1  それでは前回に引き続き、「鬼束ちひろさんについて思うこと」(後編)を書かせていただきます。よろしくお付き合いくださいませ

 私、前回、「天才肌が鬼束ちひろさんの最大の魅力」書きましたが、実はそこが「最大の弱点」でもあったように思います。

 売れていた当時、NHKをはじめさまざまなTV局が制作したちひろさんのドキュメンタリー番組を見ました。そこにはまさに感覚的に生きていく「天才」鬼束ちひろが映し出されていました。私はそれを観ながら、「素晴らしいなあ」と思いながらも「危ういなあ」と思ったものです。鬼束ちひろさんの生き方に魅力を感じながらも、それがあまりに感覚的で、「脆さ」を感じずにはいられなかったのです。

 事実上の活動休止状態のさなか、2004年には久々のシングル「育つ雑草」が発表されました。そこにはちひろさんの苦悩が込められており、聴いていて痛々しいほどでした。その後、所属事務所やレコード会社も移り、2007年には正式に活動も再開しシングルやアルバムも発表しているのですが、残念ながら今一つ輝きを取り戻せてはいないのが現状です。先日は同居男性から暴力を受けて警察沙汰になっておりましたし・・・

 鬼束ちひろさんは本当に「天才」だと思います。ただ、その「天」から与えられた「才」能を現在は生かし切れていない・持て余していると言っても過言ではありません

   このまま埋もれてしまうのか

 もちろん過去の例をみると、このまま埋もれてしまった人も多くいることは事実です。けれどやはり鬼束ちひろさんの曲を作る才能・歌う才能・表現する才能をこのまま埋もれさせてしまうのはとっても残念です。なんとか輝きを取り戻してほしい。そして鬼束ちひろさん自身も幸せになってほしい。そう願ってやまないichi-papaなのでした

 写真は、「育つ雑草」のジャケットです。

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