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2010年7月

2010年7月30日 (金)

映画の話・271 「 夏物語 」

20061225001fl00001viewrsz150x1  2006年の韓国映画です。

 なかなか雰囲気のあるお話だったんですけどね、私は今ひとつ入り込めませんでした。その最大の理由は、私が韓国の歴史を知らなかったことにあると思います。特に映画の過去のシーンに描かれていた、学生運動あたりの歴史を。このあたりがこのお話の「核」の部分に大きくかかわっている感じがしましたし、合わせて「北」と「南」の微妙な関係についても、ある程度想像はできても実際によくわかるというところまではいきませんので、やはり、今ひとつ違和感がありました

 イ・ビョンホンさんも相手役の女優さんも、なかなか雰囲気のある演技をされていましたし、そこに描き出された風景等も雰囲気はあったのですけれど。

 先ほど書いたようなことに関して基礎知識を持っていれば、かなり琴線に触れる映画になったのかなあとも思いますので、少し残念です。イ・ビョンホンさんの姿が観られればなんでもいいとおっしゃる方はともかく、これからこの映画を観ようと思われる方は、先ほど書かせていただいた「韓国の歴史」を少し勉強されてからごらんになられたほうがいいと思います。私も勉強してから観ればよかったな~

 評価は、「何も知らない状況で観て」ということで、申し訳ないですけれど、☆2つとさせていただきます。でも、もし基礎知識があれば、4つぐらいになったかもしれませんが・・・

 私の評価:☆☆(5つが満点です。でも、文中にも書きましたように、韓国の歴史を知っていれば☆4つかも。)

2010年7月28日 (水)

映画の話・270 「 友へ チング 」

960_l1  2001年の韓国映画です。

 

 う~~ん、これは好みの問題でしょうね。このような雰囲気、いわゆる「男の世界」が好きな方には「名作」ということになるのでしょう。ただ私は、そういう世界があまり好きではないのですよね。どこの国の映画であっても。

 チャン・ドンゴンさんは男くさい役を好演されていたなあと思いますが(「コーストガード」の時と似た雰囲気でしたね)、映画全体としては、私にはいま一つでした。幼い時からの友情はいいものだと思いますし、大切にしたいと思いますけどね。

 私の評価:☆☆(5つが満点です。)

2010年7月27日 (火)

映画の話・269 「 ジェネラル・ルージュの凱旋 」

20090105006fl00006viewrsz150x1  2009年の日本映画です。

 

 「パート2はパート1より質が落ちる。」これは大体の映画において当てはまるのではないかと思います。けれど、この作品は例外!私個人としては「チームバチスタの栄光」よりもそのパート2である、この「ジェネラル・ルージュの凱旋」の方がおもしろかったように思いました

 中村義洋監督お得意のどんでん返し・布石を打っておいて最後に回収するという手法はこの作品においてもよく見られましたね。伊坂幸太郎作品でなくてもやっぱりやるんだ(笑)。でも、「アヒルと鴨のコインロッカー」や「ゴールデンスランバー」あたりが大好きな私としては、同じ匂いがしてとっても楽しかったです。中盤を越えたあたりから次から次へとどんでん返しがあって、ワクワクしました。最後の自分への利益供与=OoooOOoOO(ネタバレになるので文字にはしません・笑)はお見事でしたね~。だから最初からネタふりをしてあったんですね~。原作にあるもの・ないものを取り混ぜて、楽しませていただきました

 さまざまな俳優さんの演技も観ていて楽しかったのですが、個人的には林泰文さん。大林宣彦監督の秘蔵っ子でしたよね。大林作品では「しゅっ」とした二枚目の役が多かったように思いますが、この作品でのおとぼけっぶりはお見事でした。そして最後の変わり身も(怖)。
 それと、阿部ちゃん。この作品では、どうも「クリームシチュー」の有田さんに見えて仕方がありませんでした(笑)

 緊張感もあり笑わせてくれる場面もあり、緊張と緩和がミックスされて本当に楽しかったです。この分ならパート3もまたありかな、なんて思ったりしました(でも、あまり調子にのっていてはいけませんので、ここらあたりでやめとくのがいいのかもしれませんが)。

 私の評価:☆☆☆☆(5つが満点です。)

2010年7月25日 (日)

映画の話・268 「 蛇イチゴ 」

4_280352  2003年の日本映画です。

 

 世間の評価、高いですよね~。でも、正直私、理解力不足のためか、今一つよくわかりませんでした。こういう時って、何かしら疎外感と言いますか、寂しい気持ちがしますよね・・・。「私だけ・・・(汗)」って。

 全体的なトーンは、まさに「ゆれる」のそれですよね。まさに西川ワールドといった感じです。ただ、私の印象としては(ご賛同いただけないかもしれませんが)まだ「消化不良」といった感じがしました。西川監督の世界観はこの作品ではまだ消化不良で、「ゆれる」に至ってようやく具体化される(「ゆれる」のほうが後ですので)・・・といった感じを受けました

 出演者の配役・演技については文句はないのですよ。宮迫さんもまさに「宮迫さん」でしたし。でもね、ちょっと生かし切れていないような・・・(汗)。

 私、実は「ゆれる」も一度目に観たときは、よくわからないというか、それほど心を動かされなかったのです。で、二度目に観てようやく意味がわかり、「が~~~ん」と衝撃を受けたのです(で、今ではお気に入り映画のひとつです・笑)。ですから、もしかするとこの映画も、もう一度観ると「が~~~~~ん」となるかもしれません。そうなるとこんなレビューを書いたことを後悔しますかね?もしそうなったら、そのときに書きなおしますね。そのことを最後にことわっておきます(笑)

 私の評価:☆☆(5つが満点です。)

2010年7月24日 (土)

映画の話・267 「 天使にラブソングを・・・2 」

4_680951  1993年のアメリカ映画です。

 

 あの大ヒット映画の続編ということで、安心して観ることができました。パートⅡはⅠに比べてクオリティが落ちるとよく言われますが、この作品の場合はそれもほとんどありませんでした。Ⅰとはまた違った趣で、とっても楽しめましたよ。

 ストーリーは、ほとんど予想通り。というか、ストーリーはほとんどの方がはじめからわかってましたよね。ある種、吉本新喜劇のように、予想通りにお話が進む気持ちよさを味わいながら、最後は大団円といった感じです

 音楽の楽しさを味わいながら、気楽に観ることが出来て、そして最後はハッピーに。娯楽映画としては、まさに王道の作品でした。

 私の評価:☆☆☆☆(5つが満点です。)

2010年7月23日 (金)

『容疑者Xの献身』(東野圭吾・著)読みました

2010072120560000  以前からこの本、読んでみたかったんですよね。いろいろな方からこの本の評判も聞いていましたし、映画もよかったですしね~(http://ichi-papa.blog.eonet.jp/default/2010/07/post-8dfa.html)。

 で、読んでみましたら、やっぱり良かったです。映画を先に観た私としては、もう映画そのまま・・・いえ、映画が原作そのままなんですけどね。でも、原作の中でも「靖子さん」はやっぱり松雪さんでした。ただ、原作の「石神」は、堤真一さんではなかったですけどね。原作のイメージはもっと「冴えない人」・・・小太りで、目も細くて、頭が薄くて、陰気で、服装もパッとしない・・・。これだけなら本当に堤真一さんとは全く結びつかないんですけど、そういう意味では逆に、映画で堤真一さんを起用したのは「ヒット」だったのかもしれませんね。

 あと、どうしても映画との比較の話になるのですが、工藤さん(靖子さんを支える男性です)はどうしてダンカンさんなんですかね~。う~~ん、なぞです

 東野圭吾作品、初めて読みました。お話の詰め方がすごいですね~。さすが理系出身ということで、情緒的というよりは理詰めの文章といった気がしました。あと、本当は「石神」が「靖子」さんに惹かれた理由、自分の人生をかけてまで靖子さんに尽くそうとした理由にもうひと押し欲しいとは思いましたけどね。でも、おもしろい作品でした。映画とともにお勧めです

2010年7月22日 (木)

映画の話・266 「 天使にラブソングを・・・ 」

4_680951  1992年のアメリカ映画です。

 痛快痛快!非常に楽しい映画でした。ストーリーも単純明快、ありがちなお話ですがそれがいい!小難しいこと抜きで楽しめます

 この映画で特筆すべきなのは、やっぱり歌の持つ力。最初のカジノでの場面もよかったですが、やっぱり修道院での賛美歌がいいですねえ。はじめ、「へたくその集団」(失礼!)だったのが、デロリスによってまとまり、それぞれの個性を生かして素晴らしいものに仕上がっていく。出演されている方の演技やお話と相まって、やっぱり歌の持つ力は偉大だなあと痛感させられました。おばあちゃんのシスターたちも可愛らしかったですし。
 この「賛美歌」のシーンでは、次のようなことも考えましたよ。どんなことでも、「伝統を重視するもの」と「新しいことを始めようとするもの」の二つがありますよね。そのどちらも大切だとは思いますが、いがみ合うのではなく協力しあっておたがいのいいところを認め合っていければ、よりいいものが作り出せるのではないかと、そんなことも考えさせられました

 けれど、そんなことを考えるのは、この映画では無用なことかもしれませんね。世の中には本当にさまざまな映画があります。その映画を観て「人生のなんたるか」を教えられる作品もありますが、時にはこの映画のようにすっきり楽しい映画もいいですよね。娯楽作品としては王道でした。ミュージカル好きの私も、そしてミュージカルが特に好きでなくても、満足できる映画だと思います

 私の評価:☆☆☆☆(5つが満点です。)

2010年7月21日 (水)

『羅生門』址にも行ってみました

P1010178_2  先日、18日の日曜日、白峯神社・晴明神社へ行ったあと、御所を廻って最後は芥川龍之介の名作でおなじみ「羅生門」の址に行ってみました。正確には「羅城門」ですよね

 地下鉄九条駅から西へ、東寺を越えてずんずん歩い ていくと、ありました。道沿いにひっそりと。平安時代には朱雀大路の南の端にあり、行きかう人が絶えないにぎやかな場所であったという面影は、正直P1010176まったくありませんでした。国道沿いにちょっとした石碑があり、その奥の公園(この公園も横にアパートがあるような、小さな公園なのです)に石碑だけが建ち、往時を偲ばせていました。時代も場所も違いますが、「兵どもが夢の跡」といった感じでした。

 それでも、ここにかつては「羅生門(羅城門)」があり、平安の末期にはその壊れかけた門の下で下人が雨宿りをし、上の部屋では老婆が死体の髪の毛を抜いていた・・・そんなことをしみじみと考えてしまいました

映画の話・265 「 ワイルド・フラワーズ 」

20040330001fl00001viewrsz150x1  2004年の日本映画です。

  

 女子プロレス、昔は好きだったな~。技の種類が男性のそれと比べて多彩なんですよね~。色もの的な要素だけではなくて、スポーツとして本当におもしろかった。立野記代さん、好きだったな~

 でもこの映画では、先ほど「色もの的な要素」と書いたのが失礼なくらい、女子プロレスにかける痛いくらいの思いが描かれています。格闘(対戦)シーンもとってもリアルで見ごたえあり!まあ、女子プロレスラーの皆さんが演じていらっしゃるので当然といえば当然なのかも知れませんが。「中島」を演じた石川美津穂さんは演技もお上手でしたし、「木幡」を演じた東条えみさんは「女王」の貫禄がありました。そして美しかった。でもその中にあってプロレス未経験の鈴木美紀さんはよく頑張っておられましたよね。とにかく出演者の皆さんの熱い思いが伝わってきました

 最後、アイアン飯島(高畑淳子さん)の遺言の中の、「女子プロレスとはなにか」という一節は本当によかったです。感動しました。あれこそ本当に女子プロレスというものを言い当てているのではないかと思います。リング上でのシーン、そしてこの言葉・・・。この映画は、女子プロレスのまさに「バイブル」という気がしました。

 一本の映画としてはこの終わり方もいいのですが、私としてはぜひとも続編を観てみたい。「抗争」の続きを観てみたいです。石川や桐島がどのように成長していくかも観てみたいですし

 とにかく、女子プロレスファンだけではなく、すべてのスポーツファンに観てもらいたい作品です。スポーツ好きならきっと、気に入ってもらえると思います。評価はちょっと甘めで☆4つ。

2010年7月20日 (火)

映画の話・264 「 DRIVE 」

4_106621  2001年の日本映画です。

 

 SABU監督お得意の、日常に潜む恐怖シリーズ(と、私、勝手に命名してしまいます)。日常の中の非日常といいますか、普通の生活がひとつボタンを掛け違ったためにとんでもない方向に走り出すといった感じで、本当にどうなるかはらはらして観ておりました。ただ、とんでもない事になりそうな予感を孕みながらも、強盗団がみんないい人だったり、ラストもそれなりに落ち着いたものであったりしたこともあって、観終わったあとそんなに嫌な感じはしませんでした

 出演者は本当に豪華でしたね。これもSABU監督の人徳なのでしょうか。次から次へとビッグネームのオンパレード。途中のロックスターが松雪さんだってこと、最後のテロップが流れるまでわかりませんでした。堤真一さんはさすがの演技でした。頭が痛くなるシーンなんかは、「39」を思い出しましたよ

 大作というわけでもありませんし、感動巨編というわけでもありませんが、SABU監督独特の雰囲気はクセになるとおっしゃる方もいらっしゃると思います。どちらかといえばマニアックな映画です。でも、どんな方にもそれなりに楽しめるかな。私は、まあ、少しは楽しめました

 追伸:そうそう。バックにかかっている曲がなかなか秀逸。乗っ取られた車の中で太田裕美さんの「袋小路」がかかっていたのは、びっくりしました。こんな曲、知ってる人いたんだ~って感じでした。ちょうどそのシーン、堤さんが「袋小路」にさしかかっているのを暗示しているようでしたしね。

 私の評価:☆☆☆(5つが満点です。)

2010年7月17日 (土)

『 キッチン 』をより楽しむために

Vpcb840201  先ほどご紹介させていただいた『キッチン』の中に、主人公「雄一」と「みかげ」が夜中に掃除をしながら歌を歌うシーンが出てきます(単行本61~63ページ)。

 ♪月明かりの影 こわさぬように

 岬のはずれに ボートをとめた♪ 

 これ、菊地桃子さんの「Futari No Night Dive」という曲なんですよね。作中でもしっかり紹介されていますが。この曲、まさにこの作品のイメージにピッタリで、「さすが吉本ばななさん」と思ったことを思い出します。

 この作品を最初に読んだ当時、私、菊地桃子さんも大好きでね~。この曲が入ったアルバム「Ocean Side」もよく聴いておりました。このアルバムの中ではこの曲はどちらかというと地味な曲(A面としてシングルカットもされていませんでしたしね)だったのですけど、よくこの曲に注目したなあと思いました。

 このアルバム、いいアルバムですよ。もちろん当時のアイドル色満開ですが。デビュー曲「青春のいじわる」(このタイトル、「いかにも」って感じでちょっと恥ずかしいですね)もいい曲ですし、「サマー・アイズ」は名曲だと思います。

 ついでに書きますと、菊地桃子さんのアルバムとしては次の「南回帰線~トロピック・オブ・カプリコーン」がこれまた名盤なんです。ラストチューンでタイトル曲の「南回帰線」これは本当に名曲です。特に最後のサックスのソロがいい。え、桃子ちゃんのボーカルは?それはまあそれでいいんですけどね。

 話が横道にそれましたが、『キッチン』をより楽しんでいただくために、できましたら菊地桃子さんのアルバム「Ocean Side」を準備していただきたいと思います。

『 キッチン 』(吉本ばなな・著)読みました

2010071617180000  今さら・・・って感じですが。でも、これで3回目か4回目です。最初に読んだのは、この作品が発表されかなり話題を呼んだ、私が私が社会人になったばかりの頃。その頃から、初期の「吉本ばなな」さん、好きでしたね~。

 初期の吉本ばなな作品、その特徴を一言でいうと「透明感」ということになるんじゃないかと思います。読んでいると心地よい透明感に包まれ、本当に切ないながらも満たされた気持ちになります。

 ただ、先ほどから「初期の」「吉本ばななさん」と強調しているのは、ある時期以降の「よしもとばなな」さんにはあまり興味が無くなってしまったからです

 この『キッチン』でばななさんがデビューしたとき、先ほどから書いていますように私はその「透明感」にとっても惹かれました。ただ、そのとき同時に「非常に危ういもの」も感じていたのです。それはその最大の魅力である「透明感」は非常に繊細なもので、プロの作家として活躍していけばいくほど(もしくはそれ以前に、年齢を重ねていけばいくほど)それは失われていくのではないかという懸念でした。そしてその懸念は、残念ながら実際のことになったと思っています。『キッチン』で売れっ子作家となってから次々と作品を発表していき、そのどれもが注目作となったのですが、私としては正直『とかげ』あたりからはもう最大の魅力は失われたと感じて、それ以降の作品はもうほとんど読まなくなりました

 話は横道にそれましたが、その初期の「透明感」にあふれる秀作の中でも、私はやっぱりこの作品(作品集)が一番だと思っています。この作品集には「キッチン」「満月ーキッチン2-」「ムーンライト・シャドウ」という3篇が収められております。どの作品も大好きですが、私は特に最後の「ムーンライト・シャドウ」が一番好きです

 初期の「吉本ばなな」作品、その最大の魅力は「透明感」だと先ほども書きましたが、別の視点からもう少しその魅力について書かせていただきますね。初期の(それ以降の作品はあまり読んでおりませんので知りません)ばなな作品では人間は二種類に分けられて表現されているように思っています。それは何の苦労もせずに(悪い言い方をすれば能天気に)楽しく生活をしている人と、誠実に生きているのになにかしら心に寂しさを抱えている人。そしてその作品の中では特に後者を優しい目で描いているということがいえると思います。その視点の優しさが「透明感」につながっていると言えるかもしれません。

 心に何かしらの寂しさを抱え、一時は「もうおしまい」になりそうになりながらも、いろんなこと(それは人との出会いかもしれません)に誠実に取り組み、やがて立ち直りの兆しを見せる・・・つまりよく言われる言い方ですがそういう「喪失と再生」を目の当たりにすることができるので、本当に読むたびに何かしらの元気がもらえます。

 あ~~、長くなってしまいました。最後まで読んでくださったこと、感謝します。それから途中で厳しいことを書いてしまいまして、現在のよしもとばななファンの方々、お気を悪くさせました。すみません。でも、「今でもこんないい作品があるよ」とおっしゃるものがありましたら、ぜひとも教えてください。でも、本当にこの『キッチン』、やっぱり私の人生の中でも特別な作品です。お勧めです。

2010年7月16日 (金)

映画の話・263 「 選 挙 」

20070529002fl00002viewrsz150x1  2006年の日本映画です。2005年秋に行われた川崎市議会議員補欠選挙で、自民党公認で出馬した山内和彦さんに密着したドキュメンタリー映画です。公開当時、かなり話題になりましたよね。今回の選挙の時、私はこの映画のことを思い出しながら、開票速報を観ておりました

 まず、ドキュメンタリーを本当の意味での「ドキュメンタリー」とするため、ナレーションや効果音・効果音楽を一切入れないという、監督の心意気には拍手を送りたいと思います。その甲斐あってか、全編「つくりもの」という感じが一切しない。叱られるシーンや奥さんが愚痴を言うシーンも、まさに「本物(あたりまえですが)」としてこちら側に伝わってきました。

 でも、選挙に出るってのは本当に大変なんですね~(汗)。主演(?)の山内さんが選挙に関しては素人だったからかもそれませんが、あっちに頭を下げこっちに手を振り、とにかく一人でも多くの人に顔と名前を覚えてもらうために、名前の連呼・挨拶・握手・・・。途中、カーOル・サンダース人形にまで握手をしに行くシーンは、おかしくもあり切なくもありました
 選挙素人ゆえいろんな人に選挙戦術を教えられ、叱られ、それでも決して笑顔を絶やさず・・・こうやっていれば、いい政治家というより、いい人間=人格者にはなれそうな気がしました
 そして、政治は古い世界ですから、やっぱり奥さんも大変そうでしたね。夫唱婦随というのでしょうか、奥さんの「精神的な」頑張りにも頭が下がりました。

 候補者をたくさんの人がサポートしているというのも、今更ながらに痛感させられましたよ。作中にありましたが、党の公認をとるというのはこういうことなんですね。そして「こうやっていただいて当選させていただいたんだから、(党に)造反なんていうのはとんでもないことだ」とおっしゃった先輩の方の言葉には、妙に納得してしまいました

 本作品、政治の(特に選挙の)世界の裏側を垣間見ることが出来て、本当に楽しかった(?)です。政治の裏側というとなにかしらドロドロしていそうですが、山内さんの人柄の良さがそれを打ち消しているように思います。これからは、少し違った目で候補者そしてその陣営、もしくは政党を見ることができそうです。今までは街宣車が来ても「うるさいなあ」としか思えませんでしたから。これからはちょっとはやさしい気持ちで迎えようと思います(笑)。

 私の評価:☆☆☆(5つが満点です。)

映画の話・262 「 密 愛 」

4_408521 2002年の韓国映画です。

  途中までは「マディソン郡の橋」とだぶらせながら観ていました。ただ、途中からは趣向が変わってきて、ラストはかなり違うものになりましたが

 不倫はゲーム。「愛してる」と先に行った方が負け。・・・けれど始まってしまえば、もう後戻りはできず、ゲーム感覚で楽しむということもできなくなる。気持ちのコントロールができなくなって、自分・そして周囲の人生も巻き込み悲惨なことになっていく・・・。まさにこれが真実なんでしょうね。この映画の出演をなぜキム・ユンジンさんが受けたのかは少々ナゾですが(だって、行為のシーンがかなり多いのですよ。ただ、完全に脱がれてはいませんが。)、なかなかの好演であったようには思います。いや、そういうシーンが、ではなくて、「心の中に大きな穴が空いている」という表情はなかなかお見事でした。
 
 世の中に不倫をテーマにした映画・お話はたくさんあれど、この映画ほど真実に迫っているお話はなかなか無いのではないかと思いました。世の中には「不倫こそ純愛」とおっしゃる向きもあるようですが、現実にはやっぱりいろいろな人を不幸にするもののようです。ああ、こわいこわい

 私の評価:☆☆☆(5つが満点です。)

 写真は、キム・ユンジンさんの代表作、「シュリ」のものです。「密愛」のが見つからなかったのです

2010年7月15日 (木)

『悟浄出世』『悟浄歎異』(中島敦・著)読みました

031210831_2  以前ここで中島敦さんの『山月記』について書かせていただいた時、さっかんさんから標記の作品についてご紹介いただきました(http://ichi-papa.blog.eonet.jp/default/2010/06/post-7049.html)。で、それ以来気になっていたその作品を、このたび読んでみましたよ

 う~ん、難しかった(笑)。いえ、久しぶりに中島敦さんの文体を読むと、なかなか難しかったです。ここのところ、もっと柔らかいものを乱読していたものですから。でも、両方とも三度くらい読み返しましたが、やはりなかなか味わい深かったですね~

 今まで「西遊記」もしくは子ども向けなら「孫悟空」の脇役・添え者としてしか扱われなかった河童の妖怪・沙悟浄を、こんなにも奥の深い人物(いや、妖怪か?)として描いているところに、中島敦さんらしさが表れていると思います。悟浄がこんなにも思慮深く、真理を探究する人物(妖怪)だったなんてね。最後まで真理はつかめないのですが、三蔵法師や悟空・八戒と出会い気持ちが軽くなるあたりは、なかなかに出会いの妙を描いているように思いました。これこそが「出会い」の真理なのかもしれませんね。

 河の中の世界を描くところは芥川龍之介の「河童」のようでもありましたし、妖怪を描きながらも人間の真理に迫るところは、上田秋成の「雨月物語」のようでもありました。

 久しぶりに難解な表現に苦しんだりもしましたが、中島敦さんらしい作品に出会えて、なかなか読後は爽快感がありました。さっかんさん、ご紹介いただきどうもありがとうございました。

 みなさまも、またお薦めの作品がありましたら、教えてくださいね。本だけでなく、映画なんかも、よろしくお願いいたします

 写真は、別冊宝島(宝島社)の表紙です。肖像写真を見ると暗そうなイメージですが、実はこの方、かなり明るい方だったのですよ。作品のイメージと、病気のイメージで、なにかしら陰気なイメージが出来てしまっていますが、本当は陽気な方だったようです。

2010年7月14日 (水)

映画の話・261 「 マルチュク青春通り 」

20050627001fl00001viewrsz150x1  2004年の韓国映画です。

 

 う~~ん、どうなんでしょう?正直私には今ひとつでした。(以下、ネタばれありです。)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 その一番大きな理由は、いろいろなエピソードで布石を打っておきながら、それがほとんど回収されずに終わったことでしょう
 クォン・サンウ演ずる主人公ヒョンスと、あの美少女との恋は、結局どうなったのでしょう?いや、最後はあまりうまくいかないまま終わったのはわかるんですけど、それでも少し中途半端なような・・・。大体、あの美少女、ヒョンスにもウシクにもいい顔をしていましたが、結局どちらが好きだったの?いや、はじめはヒョンスで、でも押しに負けてウシクが好きになって、でもやっぱりヒョンス好きになって・・・っていう事なんでしょうけど、それってあんまりにも都合よすぎません?実際にそんな女子(特に可愛い子に多いような気が・・・)っていますので、それも踏まえて何かしら不愉快でした
 ヒョンスとウシクの関係、ヒョンスと”ハンバーガー”の関係なども何かしら中途半端でしたし、どれをとってもすっきりしませんでした。

 クォン・サンウさんの魅力は十分に発揮されていたように思いますので、特にクォン・サンウさんのファンの方ならそれだけで「観る価値あり」という作品だとは思いますが、一般の方には「う~ん、どうなんでしょう?」という映画のように思いました

 私の評価:☆☆(5つが満点です。)

2010年7月13日 (火)

映画の話・260 「 硫黄島からの手紙 」

20061101002fl00002viewrsz150x1  2006年のアメリカ映画です。アメリカ映画ですよ

 「ヒトラー~最期の12日間~」を観た時にも思ったのですが、負けることがわかっているのにやめることができない戦い、ただ破滅に向かうだけの戦いというのは、本当に空しく辛く、悲しいものですね。途中からは(いや、思えば最初からだったかもしれませんが)観ていて本当に辛かったです。このような状況下では、素晴らしい人間性も、その人が下した英断も、埋もれていってしまうのが悲しかったです

 このような映画を観て思うこと・・・本当にうまく言えませんが、結局このような状況を二度と起こしたくない・二度と戦争はごめんだ!ということに尽きてしまいます。ありきたりなことしかかけなくて、自分の文才のなさが情けないですが。でも、本当に、職場の愚痴を言える時代・夕飯のおかずに文句が言える時代・電車が満員で窮屈だと文句が言える時代、このようなことに文句・愚痴が言える時代こそありがたいのだと痛感しました。パン屋がパン屋であることができる時代、それを二度と失ってはならないですし、次の世代にもその思いを伝えなくてはならないと思いました。

 あと、この映画に関して忘れてはいけないことは、この映画をアメリカ人のクリント・イーストウッド監督が撮られたということです。戦争映画というのは、ふつう、自国に都合のいいように描くものだと思います。かつての西部劇などはそのいい例ですよね。けれど、この映画には、そのような「贔屓目」というのが一切感じられません。本当に中立の目で描いていると感じました。捕虜となった加瀬亮さんをアメリカ兵がいとも簡単に撃ち殺してしまうシーンは、とくにそれを象徴しているように思いました。このようなところに、イーストウッド監督の映画人としてのプライドを感じました

 「かっこいい戦い」を描くのは本当の戦争映画だとは思いません。このような悲惨な戦いこそが、本当の戦争を描いているのだと思います。

 私の評価:☆☆☆☆(5つが満点です。)

 追伸:ニノ、加瀬亮さん、そして我らが謙さん、さすがの演技でした。こうやって世界に出ていく人が増えるのは、やっぱりうれしいです

2010年7月11日 (日)

高山にも寄ってみました・・・2009.7.23

P7240144  で、郡上八幡を15時過ぎに出発し次は高山へ。この日(23日・木)は高山駅前のカントリーホテル高山に宿泊したのですが、ホテルには17時過ぎに到着しました。このホテル、安かったですし快適でした。やはりホテルの予約はネットに限ります

 チェック・インを済ませ部屋に荷物を置いて、高山の町を散策しました。日が暮れてしまう前に、町を見たかったのです。少し歩いて古い町並みへ。シーズンではないためか、ここでも観光客P7230139 はあまりいませんでした。それにお店も17時には閉まるらしく、私が行った頃にはほとんど閉まっておりました。私はほとんどのお店が閉まっている町並みを歩いたわけですが、それでも町の雰囲気はよく分かりました。町並みはしっかり保存されていて、行政とそこに住む人々の心意気のようなものを感じましたよ。その町並みの中にはいわゆるお店の他に、ここに住む人々にとってなくてはならないところもたくさんありました。たとえばこれ(右写真)。なんだと思います?写真をクリックして拡大していただければ分かると思いますが、産婦人科です

P7240145  この日は町並みの雰囲気を味わい、駅近くの中華そば(高山ラーメン)屋さんで夕食をとり、ホテルのしたのコンビニでビールを少し買ってホテルに帰りました。高山ラーメン、おいしかったです

 翌日は6時過ぎに起きてホテルのモーニング・サービス(無P7240141 料です)を食べてから朝市へ。この写真ではあまりP7240142賑わってないように見えますが、これは開店直後だから。7時頃にはしっ かり賑わっておりましたよ。私はみたらし団子をひとつ買って食べました。一本60円。ここのみたらし団子はしょうゆ味なんですねえ。大阪の方ではみたらし団子といえばどろっとした甘い密がかかっているのがふつうですから、変わっていておいしかったです。

P7240143  朝市を見物してから、再び昨日も散策した「古い町並み」へ。相変わらずおもむきがありました(当たり前です。昨日から一日しかたってないのですから)が、それよりも私が驚いたのは、なんとこの町に住む人がその辻辻でラジオ体操をしていること。この町の結束を感じさせられたのとともに、私の住む地域では最近ではもう治安上・安全上の理由で、かつて夏休みの風物詩であったラジオ体操はおこなわれていませんので、何かしらノスタルジックな気持ちになりました

 この後、8時に高山を出発し、試合が行われる数河高原へ向かったのでしたP7230137_2    郡上八幡も高山も、長時間じっくりと堪能したわけではないのですが、それでもどちらも落ち着いたいい町だと感じましたよ。少しだけ非日常の世界に身を置いて、少し癒されたような気がしました

 以上、私の郡上八幡・高山小旅行紀でした。おつきあいいただいてありがとうございました

郡上八幡紀行・・・2009.7.23

P7230132  で、前回も書かせていただきましたが、岐阜県は数河高原へ向かう途中に郡上八幡へ寄ってP7230100_3みました。水の豊かな町として、そして何より「郡上踊り」で有名なこの町に、機会があれば以前から寄ってみたかったので す

 車を駐車場に入れて、町中を小一時間散策しました。お祭り・踊りまでは日があるせいか、町中には観光客P7230116の姿はまだ少なく、非常に落ち着いて歩き回ることができました。ただ、観光客が多くても、この町はそれなりに落ち着いているのだろうとは思いましたけどね。町 中を流れる川、そして掘り割りがそう感じさせてくれました。郡上八幡は一言でいうと、やはり「水のある町」でありました。そしてその「水」が町全体を落ち着かせている町でP7230111_2ありました

 左の写真は飛び込みで有名な「新橋」です。郡上八幡の子ども達はある年齢になるとここから飛び込んでその成長を確認します。いわば大人への通過儀礼と言えるでしょう。このような「この町に伝わる文化」、大切にしたいですね。決して観光客がおもしろ半分に飛び込んで事故を起こし、「飛び込みが禁止になる」なんて事は避けていただきたいと思います

P7230125 P7230127  町にはこんな建物も。左は郡上八幡旧庁舎記念館、右は郡上八幡染藝館です。このようなレトロな建物も、町の雰囲気を穏やかにしてくれています。

 あと、郡上八幡の町を歩いP7230129_2ていて感じたこと・・・それは、匂いを感じる町だなあということです。夏らしいいいお天気で、町中の家々の窓が開いていたからかもしれませんが、散策していると「畳の匂い」だとか、それぞれの家の「生活の匂い」がしてきました。誤解があるといけませんのでハッキリと書いておきますが、それらは決し て嫌な匂いではありませんでしたよ。むしろ非常におもむきのある「匂い」でした。この「匂い」がこの町をより多層的に感じさせてくれたのは言うまでもありません。

P7230107_2  郡上八幡の良さを十分に理解するためには、そしてこの町を堪能するためには、やはり「郡上踊り」を経験しなければならないのかもしれません。もちろん私はまだ経験しておりませんので、この町の良さをまだ十分に感じられてはいないのだP7230110 と思います。それでも今回の小旅行で、その魅力のいくらかは感じることができたと思います。大阪から数河高原への道のりから言えば郡上八幡は寄り道になるのですが、寄ってみてよかったです。今度は本当に郡上踊りに参加してみたいです。もしこのブログを見ていただいた方の中で郡上踊りに参加したことがあるとおっしゃる方がいらっしゃいましたら、どんな感じなのか、また聞かせてくださいね。

 次回は高山編をお送りする予定です

数河高原へ・・・2009.7.23~25(7.26の記事の再録)

2009072411340000  行ってまいりました。岐阜県数河高原。2009年7月23日(木)から25日(土)の間に車で二往復。いや~きつかったでも楽しかったです

 目的は旅行ではなく、富山県との県境にほど近い岐阜県は数河高原でおこなわれていた第30回関西中学生ラグビー大会に出場している次男およびチームの応援なのですが、せっかく行くのだからと強行軍も気にせずいろいろと楽しんでまいりました。

 それぞれの場所での詳しい話は写真とともに次回以降書かせていただきますが、今回は全体の日程等のお話をさせていただきますね。よろしければおつきあいください

 はじめは7月25日(土)のみ、奥さんと弟(三男)を連れて応援に行こうと思っていたのです。せっかくの大きな大会ですし、一度くらいは応援に行かねばと思っておりましたので。ところがなんと24日(金)の一回戦の相手が私のよく知っているチームに決まり、それは私も見に行かなければいけないだろうということに(自分の心の中で勝手にですが・・・)なって、一回戦も見に行くことになったのです。23日(木)から25日(土)まで向こうにいられればよかったのですが、先ほども書きましたように25日は日帰りで家族を連れて行かなければなりません。ですから結局私はまず23日(木)に出発し向こうで一泊、そして24日(金)に試合を観てから一度帰宅。そして25日(土)改めて出発するという方法をとりました。それから25日は土曜日で高速道路も安いのでいいのですが、23日・24日は平日なので高速道路も高いまま。ですからできるだけコストを安くするためにできるだけ一般道を走るという方法をとりました。

 結局23日(木)は朝6時に次男を集合場所の新大阪駅まで送る(駅到着7時)。2009072312480000 家に一時帰宅=8時すぎ。9時に改めて岐阜に向けて出発、名阪国道を中心に走る。尾西ICから一般道を北上し郡上八幡を目指す。14時郡上八幡到着、1時間ほど散策。15時ころ高山に向け出発、17時過ぎ高山到着、散策。この日は高山駅前のカントリーホテル高山で泊まりました。

 24日(金)朝8時、高山出発。9時数河高原到着。9時30分より開会式を観る。そしてその後、試合応援。後、14時ころ数河高原を出発。東名阪道と東海北陸道の郡上八幡~一宮のみ高速道路を使い、それ以外は一般道通行。結局19時過ぎに帰宅。ちなみに料金は行き1000円、帰り2200円でした。ふつうに高速道路を使うと往復で14000円くらいかかるところですので、こちらの面でも得した気がしました

 そして25日(土)、早朝(というよりは夜中)3時45分に出発し、今度は高速道路(近畿道~名阪道~東海北陸道)を使いまくり、数河高原には9時過ぎに到着しました。そうそう、早く着きそうだったので、途中8時頃に30分ほど高山を散策しました。そして次男の試合を応援し、12時過ぎに数河高原を出発。そして土砂降りの中18時頃に帰宅しました。高速道路料金は行きが1700円、帰りが2200円でした。ETC割引様々です

 本当に強行軍でしたが、次男が頑張っている姿も見られ、うれしかったです。そ2009072314490000 れから郡上八幡、高山も散策でき、旅行気分も味わえました(このことにつきましては、次回以降のこのブログで詳しく書かせていただきますね)。

 今回、ちょっとした旅行が味わえて、少しリフレッシュできました。ちょっとムチャした気もしますが、とりあえず事故もなく帰ってきましたので、それも含め、楽しい時間となりました。

 それでは次回以降の、郡上八幡編・高山編、またよろしくお願いいたします

2010年7月10日 (土)

映画の話・259 「 トイ・ストーリー 3 」

20100202005fl00005viewrsz150x1_3  2010年のアメリカ映画です・・・というか、本日公開です

 それでは映画の感想等を書かせていただきますね。どうぞよろしくお願いいたします。ネタばれは書きませんので、これから観に行こうと考えておられる方も安心してお読みください

 劇場公開初日・第一回上映を3D・吹き替え版(唐沢さん・所さんの声に安心しました)で観てきましたよ。最近の進化した3Dは初めての体験でしたが、「さすが!」と唸らされました。絵自体の素晴らしさもあるのでしょうが、ここまできたら映像的にはもう実写とあまり変わらないと感じました。ただ、お話自体のよさは、3Dじゃなくても十分堪能できると思いますけどね

 シリーズ3作目の本作も、前2作と同じように「仲間との友情・絆」を中心に心温まるお話を展開してくれていましたよ。いつものようにきっちりと「小ギャグ」もちりばめられ、クスッとさせてくれましたし(そして、その小ギャグの中の一つが物語に大きく関係してくることになるとは・・・驚)。ただ、前2作に比べて迫力のあるシーンが多かったですね。ドキドキハラハラも、前2作の5割増し・・・いや、2倍くらいにはなっていたでしょう。これはただ単に3D上映だったからという理由だけではないと思います。前2作の「友情物語」+「ドキドキ・ハラハラ」=本作だと思ってもらえればちょうどいいんじゃないかと思います。(ひとつだけ、観た人に対して書かせてください。天国だと思っていたところが実は地獄だったり、いい人(人?)だと思っていた人が悪人だったりすると、本当に怖ろしいですよね。そして、改心したと思った人が、実は悪人のままだったとしたら・・・。・・・本当に「ドキドキ・ハラハラ」そして「ムカムカ」しました。)
 
 そんなふうにドキドキ・ハラハラ満載のお話でしたが、ラストのエピソードではかなりグッときましたよ。普段からメガネをかけ、その上から3Dメガネをかけた状態で、レンズの横から涙を拭くのに苦労しました。アンディともう一度遊べた「おもちゃ」たち、幸せだったろうなあ。あの「おもちゃ」たちが今後も幸せに暮らしていってくれることを願ってやみません。

 シリーズとしては、やっぱり私は第1作の方が優れているとは思いましたが、それでもこの第3作も十分に楽しむことができました(もちろん第2作もよかったですよ)。現実的な話で申し訳ないですが、お金と時間を使って劇場まで観に行く価値は十分にありましたよ。
 今作で最後ということですが、「トイ・ストーリー」シリーズ、歴史に残る映画シリーズだと再確認しました。やっぱり素晴らしいです

 追記:トトロ、探していたら見つけましたよ。うれしかったです。みなさんも探してみてください。それと、これはマニアックな話になるのですが、エンドロールのバックに私の好きな「ジプシー・キングス」の演奏・歌声が流れてきたのは、予想外でうれしかったです

 私の評価:☆☆☆☆☆(5つが満点、つまり満点です。ただ本当は4.5くらいなんですけどね。)

「トイ・ストーリー3」観てきました

2010071008030000  今日は朝から、本日公開「トイ・ストーリー3」を観に行ってきました。封切り当日、第1回上映です

 昨日急に思い立ちまして、前売り券を買いにいき(昨日が発売最終日でした)、それを持って今度は劇場まで行き、初回分を予約したのでした。3D、日本語吹き替え版で観ましたよ。

 私、日本語以外の映画を観るときは、基本的に字幕版を観るのですが、このトイ・ストーリー・シリーズは別。まずなによりもウッディ役の唐沢さん・バズ役の所さんの声が本当にはまっていて、聴いてて本当に心地よいんですよね~。他の方々も違和感ありませんし。Mrポテトヘッド、最初は名古屋章さんが声を担当されていましたよね。あれはあれでよかったのですが、今回の声の方も違和感ありませんでした。

 3D、最近の進化したものは初めて観たのですが、すごい迫力でした。はじめの「おまけ映像(短編映画)」もディズニーのロゴ(シンデレラ城のやつ)も、とってもきれいでした

 お話についてはこのあと、「映画の話」として書かせていただきますね。よろしければ、読んでくださいね。

 追伸:観に行った映画館は、奈良県のワーナーマイカル西大和。ここ、いつもお客さんがあまり入っていません。私は、人があまりいなくて落ち着けるという理由でこの映画館を気に入っているのですが、あまりお客さんが入らなくてつぶれてしまわないかと心配もしております。人が少ないことを「よし」としながら、人が少ないことを憂えているという、矛盾した気持ちを持ちながらいつもこの映画館に通っております。

 でもね、今日はそれなりに人が来ていました。・・・それでもトイ・ストーリー3の第1回上映は30人くらいでしたけどね。頑張れ、ワーナー・マイカル・西大和

 追伸・2:最近映画館に足を運んでおりません。今日、上映前に「No More 映画泥棒」の映像が新しくなっておりましてちょっとびっくりしました

2010年7月 9日 (金)

映画の話・258 「 容疑者Xの献身 」

20080810001fl00001viewrsz150x1  2008年の日本映画です。

 なんといっても松雪泰子さんと堤真一さんに尽きます。このお二人の演技は本当に素晴らしい。松雪さんのはかなげなお色気もさることながら、特に堤さん、本当に素晴らしすぎます!数学に対しては天才的でも、その他のことに対してはまったくさえない中年男の悲哀を、全身で表現しておられました。細かい部分まで繊細に表現されておられましたね

 物語について、犯人は最初からわかってるんですよね。ですから観ている方からの興味は、まず、石神(堤さん)のトリックを湯川(福山さん)がいかに解き明かしていくか、ですよね。これは観ているうちに「なるほど」という感じで、まさに「実におもしろい!」でした
 けれど、観ているうちに私は、「石神(堤さん)はなぜそこまでして花岡(松雪さん)親子を守るのか?」ということの方に興味・関心が移っていきました。そして最後まで観て・・・、これも納得でした。いくら天才的な頭脳を持っていても、それだけでは幸せではないのでしょうね。やはり人間的なつながりがなくては。特に私は、石神の授業風景を観て、本当に切なくなりました。これは情けないわ・・・。自分の人生に絶望しかけたときに、そこに射した一筋の希望の光、それがこの親子だったというわけですか。いや、靖子とどうこうなろうというわけではなかったのでしょう。ただ、そばにいてその二人を観ていられればよかった・二人の幸せな姿を観ていたかった・・・。わかります。いや、「ストイックすぎる」「現実にはそんなことはないだろう」とおっしゃる方もいらっしゃるだろうとは思います。でも、私は、この石神の気持ちがわかるような気がします。このような「愛」もあるだろうと思います

 だからこそ、最後、湯川が靖子にすべてを告げたのはどうなのでしょう?私個人としては、告げずにいて石神の望み通りにさせてやってほしかったです。最後の最後で、自分の計算通りにいかなかった石神、その慟哭・嗚咽は本当に胸に痛かったです

 TVドラマの映画版って、失敗に終わることが多いですよね。でもこの作品は、その枠を超えてしまっています。私は観終わるまで、TVドラマ「ガリレオ」のことはほとんど意識しませんでした。いや、まったくとは言いませんけどね。だって、実際に福山さんに柴咲さんも出ておられるわけですから(笑)。でもこの映画は堤さんと松雪さんのものです。松雪さんのはかなげなお色気、そして堤さんの「情けない」そして情念のこもった演技、ぜひ観ていただきたいと思います。すべて観終わって流れる「最愛」、切なかったです

 私の評価:☆☆☆☆(5つが満点です。)

2010年7月 7日 (水)

『風に舞いあがるビニールシート』(森絵都・著)読みました

2010070718190000  ・・・自分だけの価値観を守り、お金よりも大切な何かのために懸命に生きる人々を描いた6編。あたたかくて力強い、第135回直木賞受賞作。(文春文庫、裏表紙解説より)

 ・・・ですって。私は以前から、タイトルそして表紙イラストの美しさにもかなり惹かれておりました。ようやく手にとって読んでみる機会に恵まれましたよ

 私、こだわりのある人が好きです。少々不器用に見えても、自分の中のこだわりに正直に生きている人が好きです。ですから、この作品、私にとっては結構ツボでした。

 特に気に入ったのは「ジェネレーションX」、石津の気持ちも健一の気持ちも、よくわかります。私も、なにをおいても野球に駆けつけるだろうなあ

 そして表題作「風に舞いあがるビニールシート」。これ、昨年NHKでドラマ化されているんですよね。評判もよかったようですし、ぜひ観てみたいものです

 人生の中で、なにに価値を見出すかなんて、人それぞれ違って当たり前ですよね。流行に振り回され他人の目ばかり気にして生きていくのは、やっぱりもったいないです。自分の中の「生きがい」をしっかり見つけて、自分の中の価値基準に従って生きていきたいですね。もちろん、他人に迷惑をかけないように気をつけなくてはなりませんが

 短編集『風に舞いあがるビニールシート』、この世の中で、自分のこだわりのためにちょっとした生きにくさを感じておられる方に、特にお勧めです

 私の評価:☆☆☆☆(5つが満点です。)

2010年7月 6日 (火)

映画の話・257 「 嫌われ松子の一生 」

20060317004fl00004viewrsz150x1  2006年の日本映画、「告白」でも話題の中島哲也監督作品です。

 以前からかなり気になっていた本作を、先日ようやく観ることができました。一言で言うとおもしろかった。楽しかった。以下ネタばれありです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・でも実は、今でもこの作品を消化しきれていません。この作品がどういう作品であったか・これを観てどのような影響を受けたか、自分でもまだまだ自覚できていないのです。
 このような状態でレビューを書いても納得のいく文章は書けそうにないのですが、このままにしておくとなにも書かずに放置してしまいそうなので、とりあえず思いつくままに書かせていただきます。いつも以上にまとまりのない文章になるかも知れませんが、ご容赦ください

 ・・・不思議な作品でした。ストーリー自体は、かなり重い・暗い作品ですよね。けれどそれを感じさせないのは、時折挟まれるミュージカル仕立ての演出、そして妙にテンションの上がった中谷美紀さんの演技のたまものなのでしょう。所どころにお笑い芸人さんを登場させたのも、暗い話を暗く描きたくないという監督さんの演出意図からでしょうか
 ただ、「暗い話」と書きましたが、アン・ハッピー・エンドなのか、実はハッピー・エンドなのか、というところも、意見の分かれるところなのでしょうね。私は実は、映画のはじめから終わりの寸前まで、なんだかんだ言っても「アン・ハッピー・エンド」なお話だと思って観ておりました。だって、主人公(松子)がすでに殺されたところからお話が始まるんですもんね。そして次第に解明されていく松子の人生が、これまた本当に悲惨。人を信じて裏切られ、懲りずに信じて裏切られ、挙げ句の果てに殺されて・・・。わざとコミカルに描いているから観ていられますが、ジメジメと描かれたら観ていられませんよ、本当に

 けれど、最後の最後になって、実はこのお話はハッピー・エンドなんじゃないか?と思うようになりました。松子は死んでから、ようやく欲しいものを手に入れた。ようやく安心して(死んだ後ではありますが・苦笑)暮らしていくことができたのかなあ、と思えたからです。まあ、人間死んでしまったらおしまいだという意見もありますので、死んだ後になにがあってもやっぱりアン・ハッピー・エンドだとおっしゃる方もいらっしゃるでしょうけれど。

 以前、中谷美紀さんの「インド旅行記」という本を読みました。その本の冒頭に「『嫌われ松子の一生』の演技で、精も根も尽き果てた・・・」というようなことが書かれておりました。私、本作を観て、その言葉の意味がよくわかりましたよ。中谷さんは役に入り込む方だと思いますが、この映画の「松子」、テンションが上がったり下がったり、本当に心のコントロールが大変だったと思います。中谷さんのこの映画に対する「思い入れ」というか「入り込み方」がよくわかるひとことであると思います
 おまけでもう一つ書きますと、この映画を撮るとき、中谷さんは監督さんとよくぶつかられたとか。特に「変顔」は必要ないと主張する中谷さんに対して、監督さんは絶対に必要だとして主張を曲げられなかったとか。でも、この映画を観たら「変顔は絶対に必要だ」と思ってしまいました。ただ、あの顔ひとつとっても、アレをする中谷さんの「本当の心の中のストレス」は相当なものだったんだろうなあと、心中お察ししてしまいます

 この映画をどう観るのが「正しい」のか、私には未だわかりません。「自分にも楽しいことはあまりないが、松子よりはましだ」と元気を出すのが正しいのか、「中谷さん、よく頑張ってるな~」と客観的に評価するのがよいのか?はたまた他にもまだまだ見方があるのか・・・。ただ、うまく言えませんが、私はこの映画を観て、松子のような人生であったとしても、「それでも人生、捨てたもんじゃない!」と思いました。
 終わる寸前まで絶望的なお話が続きましたが、そのラスト、私には希望が感じられました。(死んだ後ではありますが)「報われた」という気持ちにさせられました

 私の評価:☆☆☆☆(5つが満点です。)

2010年7月 2日 (金)

映画の話・256 「 偶然の恋人 」

4_432131  2000年のアメリカ映画です。私はこの映画でグウィネス・パルトローを初めて知りました。けっこうお気に入りです

 

 そうですね~、映画としてはまあ、普通の恋愛映画です。ただ、主演の二人が出会うきっかけになった出来事が、飛行機事故だっていうところが、このお話を重くしてしまっています。世間の評価がいまひとつなのも、その辺に理由があるのでしょうね。
 
 普通、こういう恋愛映画っていうのは、主演の男女二人が出会い、そしてその距離が近づいて行くのをわくわくしながら観ますよね。そしていつしか二人の恋を応援し、恋が成就すれば「よかったよかった」と、観終わってすっきりした気持ちになるものですよね。でも、この映画の場合は、二人の出会いのきっかけに飛行機事故があり、二人が仲良くなっていけばいくほどパルトローの元ご主人が不憫に思えてくる。言い換えれば二人が幸せになればなるほど元ご主人が不幸になるような気がするのです。ですから、観ている方も普通の恋愛映画のようには二人を応援できないのですよね。応援するのが後ろめたい気さえしてくるのです

 ただ私は、やっぱりこの二人の恋、応援しながら観ていました。もちろん、元夫には申し訳ない気も少しはしましたが。ベン・アフレックの苦悩(=私が彼女の夫を殺してしまった)は理解できるのですが、客観的に見ればそれは仕方なかったこと。それこそまさに「偶然」です。夫が死んだのはベンのせいではありません。冷たい言い方ですが、ベンは彼女(バルトロー)と仲良くなりたいから夫を殺したというわけではないのですから。それから、飛行機が落ちた責任も彼(ベン)にはありませんし。

 かなりクールな意見になりました。彼女の元夫に同情するという意見もよくわかります。けれど、私が思うのは、彼も彼女も生きているのです。生きている限り、幸せになる権利はやっぱりあるのです。幸せになってほしいのです。不幸にもなくなってしまった元(「元」っていう表現はおかしいですか?亡くなってもやっぱり「夫」なんでしょうか?)夫には申し訳ない気もしますが、それでも(不幸なきっかけではありましたが)出会ってしまった二人が幸せになっていくのは、やっぱり喜んであげたい気がします
 
 最初に「普通の恋愛映画」だと書いたのは、こういう思いからです。私は結構楽しむことが出来ました。評価は☆3つと言いたいところですが、グウィネス・パルトローの美しさに☆1つ追加です。

 私の評価:☆☆☆☆(5つが満点です。)

富士山に登ったよ・5 ( 最終回 )

P8040196_3  みなさまこんにちは。今日も私のブログを見ていただいてありがとうございます。それでは富士登山記第五回、「まとめ」を書かせていただきます。いつも以上に思いつくままに脈絡なく書いてしまうと思いますので、少々読みにくいかと思いますが、よろしくお願いいたします。

 まず、これは新大阪に向かう途中の電車の中や富士山に向かう途中のバスの中でずっと考えていたことなのですが、今回こうやって富士山に登る機会を得たことについて、「周囲のみんなに感謝しなきゃ」と強く思いました。こんなことを書くと、私は本当に「いい人」みたいですが、実はそんなことはありません(笑)。そして、いい人だと思ってもらいためにこんなことを書いているわけでもありません。すべて本心です。家族を含め、周囲のいろんな人の協力なしには、今回私が富士山に向かうことはできなかった・・・これは本当に事実です。

 たとえば、うちの母親が昨年みたいに倒れたりすると、当然富士山に行くことはできなかった。うちの子供たち、そして奥さんのうちの一人でも熱でも出せば、当然富士山行きはキャンセルせざるを得なかった。急に手を離せない仕事が入ったら、行くことはできなかった・・・等々、故意か故意でないかにかかわらず、いろんな人の協力があって、それらがすべてうまくいって、私は今富士山に向かっているんだなあと、ずっと思ってました。本当にみなさんに感謝です。富士登山にかかわらず、自分がしたいことをするとき、気がつかないところで誰かが助けてくれてるんだろうなあと、強く思いました。

 そして、今回富士山に登って、特に七合目以降の高山病を経験して、この世の中には自分の力では何ともできないことがある・・・ということを思い知らされました。なんだかんだいって、普段私はすぐに鼻高々になってしまう方なのですが、今回はその「高くなった鼻」をポキッと折られた気がしました。少々いろんなことがうまくいったからって、思いあがってはいけませんね。やっぱり謙虚に生きなくては

 登っているときは苦しさのあまり「もう二度と来るか!!」と思っていたのですが(苦笑)、登頂から一週間ほど経った今は、ご来光・雲海・そしてあの星空をもう一度観てみたいと思っています。ただ、できれば今度は一人で来るのではなく、息子か友達と一緒に来て、感動を分かち合いたいと思います。

 しかし本当に、今回の登山は天気も含めてラッキーでした。ニュースによると、私が登った数日後、富士山で落雷にあって命を落とされた方もいらっしゃたとか・・・。本当にラッキーでした。また、話は変わりますが、これも私が登った二・三日後、皇太子殿下が登頂に成功されたとか。おめでとうございます。でも、八合目の山小屋で仮眠をとられたとのこと・・・、さすがにあの状態で仮眠されたのではないでしょうね。きっと貸し切りにしたんでしょうね。あのギュウギュウの山小屋も、登山の醍醐味なんですけどね(笑)。

 とにかく、今回富士山に登ることができたのは、私の力ではなく、変な言い方をすれば「たまたま」だったです。もちろん私としてもできる準備は十分にやっていったつもりではありますが、そんなことだけで登れるほど富士山は甘くないと痛感しました。他の方の協力があって、そして天気等でラッキーな面があって、それで初めて登ることができたんだと思っています。

 そして、これは何も富士登山だけに限ったことではないように思います。どんなことをするにしても、もちろん自分でできる準備はすべきですが、それだけで成功できるとは限らないように思います。自分の力以外の、ほかの方の協力、そして、人間の力の及ばない部分までもがうまくいって、物事に成功できるように思いました。

 これから、もしいろんな事がうまくいっても、「自分だけの力だ」とは思わないようにしたいと思います。何度も言いますが、「自分のできることは精いっぱいする」。けれど、うまくいった時には、自分だけの力でうまくいったわけではないのだ・・・と、常に思えるようにしたいと思います。そういう謙虚さを忘れないようにし、周囲に対する感謝を忘れないようにしたいと思います。

 何かしら、富士登山記だかなんだかよくわからないようになってしまいましたP8040202_3(笑)。けれど、今回富士山に登って、自分のがんばりとは違う部分・自分のがんばりだけではどうしようもない部分の「力」というのを感じ、こんな風に考えるようになりました。何か大それた話になりましたけれど

 とにかくいい経験ができました。この経験を少しでも生かして、また普段の生活を充実させていきたいと思います。

 それでは、「富士山に登ったよ・全五回」そろそろ終わりにしたいと思います。長文を読んでいただいて、ありがとうございました

富士山に登ったよ・4

P8040207_2  それでは本日も、富士登山記「下山について」を書かせていただきます。

 5:15、山頂の鳥居のところに集合した私たちのチームは、昨日スタートした河口湖口五合目を目指して下山を始めました(左の写真参照)。10:00にバスが出るので、それまでに下りてくださいとのこと。下山に関してはチームでまとまって動くということはなく、途中の休憩も各自で、といった感じです。登山道と下山道は分けられており、ただ一か所のややこしいところ(八合目江戸屋の裏。ここで道を間違うと目的地と全く違う、須走口に下りてしまいます)を除いては、とにかく下りて行けば目的地にたどり着けます。私はバスで横の席になった男子大学生と一緒に下りて行きました。

  下山道はとにかく砂で、埃がすごいです。目に入るのを防ぐためにゴーグルがあP8040208るとよい、そしてマスクもあったほうが良いとネットで調べたときに書いてありましたので、私はこんな感じで下りて行きました(笑)。それに直射日光がすごかったので、私のゴーグル型サングラスはとっても役に立ちました。これもホームセンターで500円くらいでした。そうそう、書くのを忘れそうなのでここで書かせていただきますが、夜明け前の山頂および山頂付近はとっても寒かったです。私は五合目をスタートしたときはT・シャツの上からラグビーの長そでジャージ、そして長ズボンのジャージといういでたちでしたが、七合目ぐらいからはその上から上下とも薄手のウインドブレーカーを着ました。本当は服はこれだけしか持っていかないつもりだったのです。荷物を少なくするために、薄手のジャンパーを置いて行こうかと思っていたのですが、結局レインウェア兼用のつもりで持っていったのです。これは正解でした。3:00過ぎあたりからは本当に寒かったです。私はさっきの服装の上から、薄手のジャンパーを着ました。結果的にはちょうどいい感じになりました。ただ、朝になっておひさまが出ると、また暖かくなってきました。太陽というものは大したものです。私もそうでしたが、ほとんどの人が防寒具を脱ぎ軽装になって、山を下りて行きましP8040209_2 た。

 下山道、こんな感じです。ほんと砂ばかり。ひたすら下りていきます。太もも、それも前側が痛いです。明日になったら筋肉痛になるのが、ほぼ100の確率で予想されます。明日ならばまだいいですが、もう歳なので明後日かもしれません・・・そんなことを思いながらひたすら下りておりましたP8040211。金剛杖があったら、もっと楽だったかも知れません。どんどん下りていくと下のほうに緑がたくさんある場所が見えます。どうやらこれが富士の樹海のようです(右の写真参照)。確かにかなり広い。こりゃ、迷ったら出られそうにありません

P8040210_2  そして7:00過ぎ、ようやく昨日通った六合目あたりを通過。このあたりでは、何頭かの馬と出くわしました。富士山では五合目から少し上まで(八合目くらいまででしょうか)馬で登ることもできるようです。馬も大変です

 そして8:00過ぎ、ようやく五合目まで下りてくることができました。集合時間のP803017110:00まではかなり時間がありますので、昨日出発前に着替えをした雲上閣3階で着替えをし、横になって休んだり、お土産を買いに行ったりして時間をつぶしました。

 そしてこのツアーは予定通りそのあと10:00にここを出発し、富士急ハイランド横のリゾートイン芙蓉へ。ここで入浴&昼食です。お金をあと1000円払えばグレードアップしてふじやま温泉というところに行けたのですが、私は格安コースにしました。でも、温泉も良かったですし、料理も良かったですよ。満足。温泉は本当に気持ち良かったです

 そして13:00にリゾートイン芙蓉を出発し、関西へ。途中いくつかのサービスエリアによりながら、20:00前には京都駅に到着。そして予定よりも早く21:00前に大阪駅に到着し、私はバスを降りて地下鉄・近鉄を乗り継ぎ、22:00すぎには家にたどり着くことができました。「家に着くまでが遠足やぞ~」とは昔からよく言われた言葉ですが、ここで私はようやくこの旅を終えることができました。

 富士登山記、全4回で終えるつもりだったのですが、結局長々と書いてしまって、旅のまとめがまだできていません。ということで、あと一回、明日は旅を振り返ってのまとめを書かせていただきます。よろしければ明日もおつきあいくださいませ。オリンピックのことなど、他にも書きたいことがあるのですが、そちらのほうはまた富士登山記が終わりましたら 書かせていただきます。本当に、何気ない毎日の中でも、わくわくさせられることがいっぱいです。それでは、また明日。

富士山に登ったよ・3

P8040190_2  富士山登頂記も今日で三日目、みなさま本日もよろしくおつきあいください

 八合目の山小屋では苦しい体勢でじっとしながらも、一時間ほどは眠れたみたいです。そして荷物をてきぱきとまとめて・・・というよりはリュックに押し込んで(とにかく狭いので、場所的にも時間的にもきちんと整理する余裕がなかったのです)、そそくさと玄関前へ。4日1:00前にはみなさん玄関前に出て来られていて、とってもにぎわってました(最初の写真参照)。真夜中にたくさんの人でにぎわってるなんて、まるで初詣のようでした。

 昨夕の晩御飯からあと、たいしたものを口にしていない私は(と言っても、ほとんどの人がそうなのですが。)ここでたとえば先ほどいただいた「朝食」を食べておきたかったのですが、時間がありませんでした。それでもなにか口に入れておかないと、朝まで歩き続ける自信がなかったので、とりあえず「ウイダー・イン・ゼリー」を一本飲みました。それから軽く食べられるスナック・バーを食べたのですが、真夜中の起き立ちで胃の調子が良くなく、ちょっと吐きそうになりました。ただ、ここで吐いてしまうとリタイヤさせられてしまうので、なんとか我慢しました。頭のほうも、寝る前よりもっと痛くなっています。寝れば楽になるかと思ったんですけどね。ここでまた、同じチームの5人程がリタイヤとなりました。この方たちはここでとどまって、下山の時に合流するようです。

 1:00過ぎ、予定通り出発しました。星は前にもまして輝いています。でも、体調はますます悪くなります。このあたりから私は、もしかしたら、これ以上悪くなったら、リタイヤせざるをえないかなあ・・・と、こればかり思っておりました。そして2:00過ぎから3:00頃までこのあたりが一番苦しかったです。頭もいたいし、とっても眠い・・・。正直私は、立ったまま歩きな がら寝ておりました。そしてず~っと、あくびばかりしていました。そうそう。このあたりもケータイでブログ更新しようかと試みたんですが、ほとんど圏外でした(私はソフトバンクです)。それと一番きついこのあたりでは、そんな余裕もありませんでしたけどね

 1:00過ぎにに出発したあとは、渋滞も手伝って(本当にすごい数の人で、前に進めないのです)、前にもまして休憩が多くなります。写真の本八合目の山小屋、トモエ館前でもP8040191休憩しました。休憩のたびに携帯用の酸素を吸ってらっしゃる方が多く見受けられるようになりました。インターネット等で調べると、その効果は?ということで私は持参しなかったのですが、このあたりでとっても後悔しました。気休めでもいいから持ってくればよかった。今回の登山で、準備してこなくて「しまった」と思った最大のものは、これ(酸素)でした。

 それでも一歩一歩、とにかく歩を進めました。私は体力には自信のあるほうでしたが、富士登山にはそれとはまた違った苦しさがありました。この苦しさ、久しぶりに 味わうものでした。このあたりを歩いているときには、「俺、何してるんだろう?もう二度と来ないぞ!!」などと考えていました(笑)。頭痛と眠気で、それくらい苦P8040192_2しかったのです。

 3:00過ぎ。世間では真夜中です。でも、富士山はすごい数の人です。右の写真、わかりますか?よく見ていただくと(クリックしていただくと大きくなると思います)、ヘッドランプをつけた人がたくさん登っているのを、わかっていただけると思います。歩くスピードは、本当にゆっくりゆっくりなのです。一歩進むのに一秒・・・ってところでしょうか(笑)。

P8040193_3  3:30を過ぎる頃になると、空も次第に明るくなってきます(左の写真参照)。もう九合目あたりまで登ってきました。頭の痛いのは相変わらずですが、眠気は少しずつおさまってきました。もうリタイヤも考えなくなり、気持ちも楽になりました。ただ、本当にすごい数の人で、なかなか前に進みません。うちのチームの山岳ガイドさんは渋滞を避けて、このあたりから裏道をとおり、私たちを山頂へ導いてくれました。

 4:00になると、空はほとんど明るくなっておりました。どのチームも何とか山頂P8040198_2でご来光が見られるようにと、すこしスピードをアップするようです。うちのチームもそうでした。そして4:30過ぎ、私たちのチームは山頂に到着しました。私は別にご来光が見たかったわけではありませんでしたので、とりあえず目標を達成し、ホッとしました。そして5:00前、ついにおひさまが顔を出しました。

P8040202  いや~感動的でした。写真も奇麗だと思いますが、現実はその何倍もきれいでした。真中に見えるのは山P8040199_2中湖でしょうか。そして雲海・・・これも本当にきれいでした 。途中本当に苦しかったですが、星空・雲海・ご来光はここ以外では決して見ることができなかっただろうと思います。

P8040204  P8040205_3 

 ちなみに山頂はこんな感じです。小石、というよりは溶岩の小さいものと砂ばかりです。真中に噴火口があります。決してよくある絵のようにまっ平らではありませんよ(笑)。

 かくして、いろいろありながらも、何とか山頂まで辿り着くことができました。うちのチームは5:15に鳥居のところで集合し、下山します。私はようやく山小屋でもらったシャケ弁当を食べることができました。でも、ご飯も冷えてて、あまりおいしくはありませんでした(笑)。

 それでは今日はここまでにさせていただきます。明日は下山と、まとめの感想を書かせていただく予定です。よろしければまた、読んでくださいね

富士山に登ったよ・2

P8030177_4  それでは、今日もよろしくお願いいたします。昨日の続きから・・・。

 2008年8月3日17:30、いよいよ出発です(左の写真参照)。私は神戸・大阪・京都からのツアー(私もその一人です)と滋賀からのツアーの合同チーム「富士サミット」の一員として、73名で登りました。ここでこぼれ話・・・登る人は誰がどの団体に所属しているか一目でわかるように、「登る人はみなリュックに各団体を示すいろいろな色のナイロンひもをくくりつけています。(左の写真をよく見ていただくとわかりますが)私たちのチームはでした。実際には様々な色のナイロンひもをつけた人が、大勢登っておりました。

P8030178_4 P8030181_2  河口湖口五合目からスタートして、はじめは「登る」というより「まっすぐ行く」・・・というかむしろ「下がって」行きます。そして六合目の「富士山安全指導センター」前で指導を受け、少し休憩した後、いよいよ本格的に登山開始ですこのあたりで18:30頃だったでしょうか。3枚目の写真がちょうどそのあたりの写真ですが、写真で見える山の一番上が頂上です。これ、まっすぐ登ることができれば、さほど時間はかからないのでしょう。でも、高山病の関係で、それは不可能なのでしょうね。登山道はくねくねとつづら折りになっております

 しばらく、ひたすら登ります。私を含めほとんどの人はまだまだ元気。でもここで調子に乗ってガンガン行ってしまうと、後々大変なこと(高山病等)になってしまうんでしょうね。せっかちな私も、もしツアーでなければそうなっていたはず。ツアーでよかった。・・・でも実は、私たちのチーム73名の中でも、このあたりで最初のリタイア者が出ました。50歳くらいの女性でしたが、かなりしんどそうでした。ご自分ではまだ行きたそうでしたが、山岳ガイドさんが「無理!」と止めておられました。なにせ今年に入って3人お亡くなりになられてるそうで、無理は禁物です。

 で、登っているうちに次第に日は暮れていきます。それでも下界よりは暗くなるのが遅P8030186_3い感じでしたが、19:30くらいにはかなり暗くなりました(左の写真参照。ちなみに影は私です)。 空には一番星が輝いておりましたが、下界の明かり(夜景)はガスにさえぎられて、このあたりでは全く見えませんでした。

P8030187  そしてこのあたりからは、ひたすら登ります。途中、いい頃合いで休憩は入れてくださいますが。左の写真は休憩の様子です。20:00を過ぎる頃になると、空には星も増えてまいりました。とってもきれい星空に手が届くとはこのことでしょう。そりゃそうですよね。日本で一番空に近い場所にいるんですから。そして、自分より下にある雲では、稲光がしておりました。

 21:00。ひたすら歩きます。途中岩場を登るところもあって、このあたりは金剛杖を持っておられた方はかなりそれが邪魔になったのではないかと思います(でも、下山時は持ってる人がうらやましかったですよ) 。ついでに書いておきますが、ライトも頭につけるタイプのほうがいいですね。何せ両手をフリーにしておきたい。私はホームセンターで500円くらいのLEDライトを買っていきました。正解でした。

 21:00。そろそろ七合目です。実は私、このあたりから頭が痛くなってきまして、かなり苦しかったのです。この頭痛にはけっきょっくのところ、頂上に登るまで、いや下山してからもしばらくは苦しめられることになります。

 このあたりからは、本当にかなり慎重に歩きました。皆さんと一緒に歩いているのでスピードは本当にゆっくり。その中でとにかく深く息をする(腹式呼吸です)ことを心がけて、とにかく慎重に慎重に・・・そればかり考えていました。このあたりでも同じチームの人が3人程リタイヤされました

 空は満天の星空。下を見るといつしかガスも晴れて、どのあたりになるのかはわかりませんが、夜景がとてもきれいでした。上も下も輝いておりました。・・・・・・ただ、私にはそれを楽しむ余裕はそれほどありませんでした。そして22:00過ぎ、ようやく仮眠をとる八合目の山小屋「白雲荘」に到着しました。到着時、明日の朝食のお弁当(シャケ弁でした)をいただきました。山小屋は超満員で、本当に押し合いへしあい。私は客船のエコノミーのような感じをイメージしておりました。これも込み合うときはかなりひどいのですが、ここもイメージ通り(笑)でした。二段ベッドのようなスペースがず~っっっと続いており、横幅4メートルくらいの布団に大人の男性が四人、押し込まれました。ちなみに山小屋は男女同室(っていうか、部屋じゃないけど)。同じ布団で男女が眠ることもあります。私は両サイドとも男性でした(涙)。特に左側の男性はかなり体格がよく、私は寝返りはおろか仰向けのまま肩をリラックスさせることすらできませんでした。腕を胸の前で組んだまま寝ました。でも、登山シーズンの山小屋はこれが普通のようです。

 この状態で翌1:00前まで仮眠です。いろいろなサイトで「ここで眠ろうと思ったら耳栓が必要」と書いてありました。私は持って行きましたが、あまり役に立った気はしません。でもとにかく一時間くらいは「うとうと」できました。

 明日(苦笑)は1:00過ぎに出発、そのため1:00前には山小屋前に集合です。

 ・・・・・・ということで、今日もお話が長くなりましたので、ここまでにしとうございます。明日は八合目から頂上まで、一番苦しかったあたりのことを書きたいと思います。よろしければまたおつきあいくださいませ。 

2010年7月 1日 (木)

富士山に登ったよ・1

P8030171   ようやく写真の準備ができましたので、今日から4回に分けまして、2008年8月3日(日)4日(月)に行ってきました富士登山について、ぼちぼちと書きたいと思います。よろしければおつきあいくださいませ

実は私、5・6年前から「死ぬまでに一度やっておきたい」と思うことが二つありました。ひとつは岐阜県根尾谷にある「薄墨の桜」を見に行くこと。これは実は昨年4月、実行することができました。そしてもう一つは「富士登山」だったのです。しかしここ数年、夏も忙しくうまく時間が取れずにおりました。しかし今年は何とかなりそうでしたので、少々無理してでも今年行くべきだと思い、行ってきたのでございます。今年行かなければ、次はいつ行けるかわかりませんので・・・。

 あわせましてここでお礼の意味を込めて、二つのサイトをご紹介させていただきます。私は先ほども書きましたが、いつの日か富士山に登る時のために、数年前からいろいろ勉強をしてきました。一番利用したのはやはりインターネットなのですが、その中でもお世話になったのが「あっぱれ富士登山」「後悔しない富士登山」の二つのサイトです。URLがわからなくて申し訳ないのですが、この二つのサイトは検索すれば必ず上位にでてきます。私はここで情報を仕入れ、準備し、そして登頂に成功しました。もし今このブログを見て「私も登ってみたい」とおっしゃる方がいらっしゃいましたら、ぜひこの二つのサイトを参考にされることをお薦めします。今から考えても、とても参考になる情報でいっぱいでした。この場をお借りしてお礼申し上げます。二つのサイトの管理人さん、ありがとうございました。

 さあ、行くと決めたのはいいのですが、どうやって行こうか・・・?さまざまに方法はあるようなのですが、結局はバスツアーで行くことにしました。添乗員さん・ガイドさんなしのツアーもあったのですが、なにせ私は初めてでしたので、添乗員さん・ガイドさんありの一泊(?)二日のツアーにしました。金銭的にも時間的にも一番都合がよさそうだったからです。はっきり書きますが関西からの発着で、代金は18000円程でした。

 8月3日(日)、朝7:30新大阪集合でしたので、私は4:30に起き、5:30に家を出ました。そして電車を乗り継ぎ、新大阪の新大阪の集合場所へ。私が到着したのは7:15ころ。でも、集合場所はなかなかわかりづらいところでした。集合時間になると少しづつ参加者が集まって来て、7:50、無事に新大阪を出発しました。

 ツアーというものがよくわかりませんし、一人での参加ということで心細さも少しはありましたが、なりゆきにまかせているとまあそれなりにはやっていけるものですね。バスの席は指定だったのですが、隣のやはり一人で参加されていた男子大学生と世間話をしたりしながら、それなりに車中も楽しく過ごせました。この彼とは、結局向こうでも行動の大部分をともにすることとなりました。

 京都からの参加者を竹田駅まで迎えに行き、そのあとは一路富士山へ。11:20に中央道恵那峡SAに到着し、各自昼食・自由時間となりました。ちなみに私は高山ラーメンとおにぎりのセットを食べました

 その後、いくつかのSAで休憩をとりながら、16:30頃、ついに富士山五合目に到着(最初の写真参照)。富士山に登るには主要なルートが4つほどあるのですが、私は河口湖口からのルートで登りました。ですからここで言っている五合目も、河口湖口の五合目ということになります。調べたところによると、いくつかの登山口のなかでは、ここの登山口が一番賑やからしいです。確かに賑やかでした。

 ここで少し早い夕食をとり(これはツアー代金に含まれます)、自由時間。早く行きたいと思われる方もいらっしゃるでしょうが、富士登山で一番怖いのは高山病・・・。ここで長く時間をとるのは、山の高さに身体を慣らす・・・つまり高山病の予防のためでもあるのです。

 私は食事の後、うろうろとお土産をみたり、神社(右の写真参照)に参拝したりしながら過ごしました。 P8030174_3梅宮辰夫さんの漬物屋さんが、こんなところにもありました。お店の前には辰兄と、なぜか中村玉緒さんの像が・・・。

 あ、そうそう、富士山では登れば登るほど、飲み物の代金が高くなります。ちなみにここでは500mlペットボトルが200円でした。合わせて無粋ですが、トイレも有料です。水が貴重なのと処理が難しいので仕方ないですね。こちらのほうは五合目では50円、それ以上の山小屋ではすべて100円でした。

 あと、五合目で目に付いたのは、お店や郵便局の表記に中国語が多いこと。そして、登山客も中国の方が多かった。大げさでなく、その時五合目にいた人の半分は中国の方なのでは・・・と思うほどでした。日本でも富士山は特別な山ですが、中国の人にとってもそうなのかも知れません。

P8030176_4  一時間ほど身体を慣らしたあと、17:30、みんなでストレッチなどをしてからいよいよ出発です。ここからは新大阪から一緒に来ていただいた添乗員さんとはまた別に(添乗員さんも登られましたよ。キタさんとおっしゃる、かわいらしい女性でした)、いかにも山男という感じの山岳ガイドさんが先導してくださいました。

 では、いよいよ出発。私もこの時点ではもちろん元気一杯だったのですが・・・・・・ということで、今回はここまでにさせていただきます。続きはまた明日

富士山に登ったよ・・・2年前にね!

Fujisann_2  今日7月1日は、今年の富士山・山開きだったようです。ご来光も観られて、なかなかいい山開きだったようですね。

 実は私も今から2年前、2008年に富士山に登っております

 実はその数年前から、私には人生の中でやってみたいことがふたつありました。ひとつは岐阜県根尾谷の薄墨の桜を観に行くこと。そしてもうひとつは富士山に登ることでした。今ではもうその二つとも達成してしまい、また新たな目標を探しているところですが

 その私の人生にとって大きな目標であった富士登山、その登山記を以前のブログに書いておりましたが、引っ越しを機に、改めてこちらのブログに掲載させていただきます。過去の記事ではありますが、内容はその時の思いを大切にしたいとの気持ちもありまして、そのまま掲載させていただきます。よろしくお願いいたします。

 写真は、富士山頂での、わたくしでございます。ちょっと疲れております

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