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2009年10月18日 (日)

忘れ物・・・スポーツとはなにか?

Pa110212_3  久しぶりに気分の悪い試合だった。

 

 先日、ラグビーT大学とOS大学のBチームの公式戦のレフリーを担当した。私としてはいつものように笛を吹いたつもりであったが、新ルールの解釈でT大の選手と考えが合わなかったようだ。私からいわせればそれはT大側の勉強不足ということになるのだが、選手は次第にフラストレーションを溜めていき、少しずつプレーが荒れ出した。

 正直私も気分が悪い。ただ、レフリーとしてはそれでもゲームをコントロールしなければならない。できる限りコミュニケーションをとるように心がけたが、それがなかなか難しかった。途中からは非常に許し難い態度・言動で、レフリーに対するリスペクトのかけらも感じられなくなっていた。結局、それでも何とかコミュニケーションをとりながら、それなりに試合を収めたが、何とも後味の悪い試合であった。

 もちろん、何よりもレフリーである私が悪い。それはわかっている。ゲームをうまくコントロールすることができなかった。これだけでレフリー失格である。

 しかし、このT大の態度はどうか?

 実は私、T大とは長いつきあいである。もう7・8年前になるだろうか。まだBリーグにいた頃から、練習試合を中心によく笛を吹かせてもらった。そのころのT大は謙虚であった。レフリーに対するリスペクトもしっかりあった。私はT大の笛を吹くのが楽しみであった。T大が強くなっていき、私もうまくなっている手応えを感じられるのが本当にうれしかった。

 ところが近年、実はT大の笛を吹くたびに違和感を感じるようになっていた。相手チームに対する、そしてレフリーに対する態度に対してである。強くなるのはいいが、傲慢になってはしないか?強くなるのと反比例して、大切なものを忘れてきてはいないか?

 私、以前から何度も言っているが、ラグビーに限らず「強ければ、ほかのことはどうでもいいのだ」と考えるチームが多すぎるように思う。はっきり言ってそれは指導者の責任である。情けない話である。プロであれば生活と直結するので「勝たなければならない」というのはわかる。だが、それにしても、だ。

 私自身は、いくらラグビーがうまくても、いくら足が速くても、いくら重いものを持ち上げられても、人間として大切なこと(たとえば人に対する思いやりの気持ち、とか)を忘れてしまっていれば、そんなこと(スポーツができるということ)は何の意味もないと考えている。スポーツは最終目的地ではないはずだ。幸せになるための「過程」もしくは「手段」でなくてはならないはずだ。たとえばオリンピックで優勝することが最終の目的なのではなく、それに対して努力する中でいろいろなことに気づき・人間関係を作り・成長し、幸せになっていくという風に(もちろんその過程で何かを見つけるためには、本気でそのスポーツに取り組まなければならないが)。

 私の考えは古いのだろうか?

 私は、スポーツが大好きである。野球が、サッカーが、そしてラグビーが大好きである。・・・ただ、こんなことがあるたびに、スポーツが嫌いになっていく。ラグビーが嫌いになっていく。

 うんざりである。

 写真は先日のセカチューロケ地巡りの中の一枚です。

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コメント

そういう態度をしてしまう人は、それ以上の強さは得られないと思います。きっとそんな中でたくさん考えて成長されていくのだろうと思います。だから大丈夫。
幸せになるための過程。なるほどその通りだなあとまた大切なことを知ることができました。ありがとうございました

にゃんころさんへ

 ありがとうございます。素直に読んでいただけて、うれしいです。久しぶりに熱くなってしまって申し訳ないやら恥ずかしいやら。でもね、私はスポーツに関しては昔から一家言あって、間違った方向に行くのを見ると、我慢ならないんですよね・・・。特にラグビーは、好きだからこそきちんとした方向へいってほしい、そう願う気持ちが熱く語らせてしまいます。大人げなくって、すみません(苦笑)

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